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このサイトは潰瘍性大腸炎とクローン病の患者会の全国組織である、NPO法人IBDネットワークがNPO法人健康と病いの語りディペックスジャパンの許可を得て作成したものです

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潰瘍性大腸炎の語り

給食でみんながカレーを食べているときに自分は野菜スープだった時はため息しかでなかった。 KT6D1-1

KT-6 プロフィール

診断時:10歳 インタビュー時:14歳 中学3年生(2012年4月)関東地方在住。内科治療を色々試したが、どれも効果がなく中学1年の時に大腸全摘の手術を行った。手術をして良かったと思っている。また、自分の体験を多くの同じ病気の人に知ってもらいたいとも思っている。今は、母と犬2匹と暮らしている。

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 給食の時にカレーライスがでて、みんながカレーライスをよそっているけど、私のお盆にはもう野菜スープが盛ってあって、ナンが置いてある。私、今日これなんだな、みんなおいしそうなカレーライス食べてるし、いいにおいがするからよけいカレーライスが食べたい。当時の大好物がカレーだったのがあって、ああ、隣カレーライスじゃん。机を合わせて食べるから隣のカレーライスのにおいがすごいにおうんですよね。ああ、カレーライス食べたいと思ってて。でも野菜スープで、思わず、においで、ああーと、ため息しか出なくて、その次、「いただきます」してから、食べ始めた時に、なんでお前は野菜スープなんだよ、なんでカレーじゃないんだよって、一人に聞かれて一つ説明する、また違う子が聞きに来てまた説明する、それの連鎖。もう面倒くさい。面倒くさい!っていうのがあって。食べれないし、匂いはする。で、何回も同じことを説明する。
 そんなルンルンで自由研究は発表したけど、そこまで私はそんときは病気を、病気のことなんて大嫌いなんですよね、どっか行っちまえって思ってたくらいだから、またその病気のことを説明しなきゃならない、そういうのも全部給食の時間にまざちゃって、もう給食なんて食べたくないって思いました。野菜スープじゃないこともあったんですけど、牛蒡サラダがキュウリのサラダになってて、そん時はみんながそんなに反応しなかったけど、私としてはわあーマヨネーズ一杯の牛蒡サラダが隣にあるなと思って、食べたいけど、でも私食べられないからキュウリのサラダがもうお盆の中に載っている。じゃ私これしか食べるものが、これを食べなきゃいけない。だって自分のなかで、あれ、たべれないものがあるっていう、他の人が食べている、目の前で食べているのを私は食べれない。いらいら、いやだ。その次に野菜スープ事件がくる。もう爆発しちゃいますよね。なんで食べられないの、なんで病気のせいで、こんなに食べられなくならなきゃいけないの。怒りです。

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この方の語り一覧

転校した当時、環境の変化もあり、頑張りすぎちゃってお腹が痛くなった KT6A1-2

最初に難病って言う言葉を聞いた時はもうすぐ死んじゃうのかと思った KT6A2-1

看護師さんにはどの病院でも、いつ入院してもとても優しく接してもらった。 KT6A3-1

プレドニンを使っているときは写真を撮るのがいやだった KT6B1-1

とにかく早く楽になりたいという思いで手術をした。 KT6C1-1

最初は絶対に手術はしないぞという思いだったが、最終的には自分で手術をすることを決めた。 KT6C1-2

2回目の手術は1回目で痛いのが分かっていたので、「このまま帰る」ってわがまま言っていた KT6C1-3

術後便の回数は7回くらいだけど我慢できるようになったので特急にも乗れるようになった KT6C4-1

手術の傷跡はやっぱり気になる。特にみんなでお風呂に入る時は KT6C4-2

給食でみんながカレーを食べているときに自分は野菜スープだった時はため息しかでなかった。 KT6D1-1

最初は両親が病気のことを隠していたが、結局言わないと治療が進められないということで、聞くようになった KT6D2-1

友達に自分の病気のことを話すのは難しいけど、これからはできるだけ多くに人に伝えなきゃと思っている KT6D4-1

ストマの時は学校でたびたびトイレに行くのは辛かったが、カードを作ってもらって助かった。 KT6D4-3

自分の病気が間違った形で伝わってしまい、余命宣告されたことになってしまっていた。 KT6D4-4

病気はもう自分の一部になっているので、何をするにもそのことを頭に入れながらしなければならない KT6D4-5

病気のお陰で人との縁がすごい広がっている。そういうのが大好きなんです。 KT6D6-2