NPO法人 IBDネットワーク

このサイトは潰瘍性大腸炎とクローン病の患者会の全国組織である、NPO法人IBDネットワークがNPO法人健康と病いの語りディペックスジャパンの許可を得て作成したものです

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潰瘍性大腸炎の語り

大腸のカメラを入れたんですけども、ある程度のところまでは直腸とか綺麗だね、とか言いながらずーと入って行ったら、途中から塞がっていて見れなくなったんですよ。 QS2A1-2

QS-2 プロフィール

診断時、31歳 インタビュー時歳49歳(2012年7月)九州在住。行政の嘱託員。発病は31歳の時。大腸検査でふさがっているところがあり、32歳で始めての手術。約10年後に再発2回目の手術。翌年に入って3回目の手術で大腸を全摘した。一時(3ヶ月)ストーマをつけたが、現在はクローズド(閉じている)。家族は母、妻、犬4匹、猫1匹。

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 浣腸をしていただいて、一応大腸のカメラを入れたんですけども、ある程度のところまでは直腸とか綺麗だね、とか言いながらずーと入って行ったら、途中から見れなくなったんですよ、塞がっていて。塞がっているからこれから先が見れない。この先の状況がわからないのでもう少し検査を延ばしましょうということで、検査入院3日がもっと伸びることになりまして、次はこんど鼻から管を入れて、バルーンというものを十二指腸(潰瘍)とか小腸を通していってある程度のところまでいってそこで薬剤を投与してレントゲンみたいな感じで撮影するなんていうこともしたんですが。それが1週間くらいかかったのかな、そこまでいくまでに。
 それで一応何かが出来ているということはわかったんですが、実際の形がわからない。「完璧に塞がってしまってますね」っていうことで、ちょっとこれは対処法としてはまず、薬でっていうことも考えられたのですけども、塞がっている状況なので、手術が一番妥当ではないかっていうことで、その病院がちょうど中型の病院で外科もあったんですけども、大きい病院のほうも紹介しようかということで2件ほど聞いたんですけども、たまたまそこに来ていた、外科の部長さんが大きい病院から来られた外科部長の先生だったので、先生に任せますと言うことで、お願いして、最初の時は32歳の時に開腹手術で、上行結腸と横行結腸の途中まで、ようするに右半分ですね、を切除して、病理検査に出して潰瘍性大腸炎という診断をその時はうけました。最初の手術です。

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この方の語り一覧

会社の人事異動で管理部門になり、人間関係で悩んだのが発病の引き金になったのかなと思う。 CH1A1-1

個人病院に行ってもなかなか診断がつかず、総合病院に行き、大腸の検査をしたところ、大腸の左側に炎症があり、そこでUCの診断がついた。CH1A1-2

4,5年の周期で主治医が変わっている状態なので、なかなか信頼関係というのは、難しいところはあるが、みなさんIBDの専門医なので相互理解はできている CH1A3-1

平成2~3年ごろ、2回目の入院。治療の主体は、ステロイドで、IVH(中心静脈栄養)だけで絶食というのが1ヶ月続きかなりつらかった。その時初めて難しい病気なんだと思った。 CH1B1-1

平成12年ころに大腿骨頭壊死という足の骨の病気になって、手術をした。原因はよくわからないがステロイドの大量摂取かもしれない。 CH1B1-3

ステロイドは累積で約15,000ミリグラムくらいまで行っているので今はもうやめている。 CH1B1-4

寛解になってくると医者も手術は勧めることができない。相対的適応では手術を決断するのはなかなか難しい。 CH1C2-1

当初食事に関しては、低脂肪低残渣が過度に徹底されていたが、スポーツは適度に行っていた。CH1D1-1

潰瘍性大腸炎患者でない両親に病状が悪い時には少しあたったりする。しかし妻は同病なのでそのあたりはあうんの関係。 CH1D2-1

仕事を継続するためにはやはり職場の理解というのが必要で、今の職場ではサポート体制も取ってもらってます。上司に対しても、体調というのは逐次報告して通院の配慮もしてもらえる。 CH1D4-1